株式会社KRI(本社:京都市下京区、社長:田畑 健)は、京都大学大学院保川清教授との共同研究により、口腔内の虫歯(う蝕)の原因菌である ミュータンス菌1)を簡便、迅速かつ高感度で検出する方法を開発しました。
この成果は、2018年9月に開催された日本生物高分子学会にて発表いたしました。
概要
今回新たに開発した逆転写酵素3)とRNAポリメラーゼ4)を用いた核酸増幅法(RNA簡易検出法)5)により、唾液から高価な装置を使用することなく、1時間ほどでミュータンス菌1)の有無を判断することができるようになります。これまでの①検出に時間がかかる、②感度が低い、③高価な装置が必要といった課題を解決できる技術を確立しました。
背景
口腔状態を正しく知ることは、口腔疾患の予防や治療において重要であります。特に、虫歯(う蝕)の原因菌であるミュータンス菌の迅速・高感度な検出は、口腔状態を知る上で最も重要と考えられております。ところが、これまでの口腔内から得られた唾液やうがい液中の菌を培地にて培養する方法では検出に2日間かかるという課題があり、また、唾液やうがい液中のミュータンス菌が発現するタンパク質を抗体により検出する方法では検出感度が低いという課題がありました。これらの課題を解決するためにPCR7)を用いたミュータンス菌検出方法が考案されましたが、PCRには高価な装置が必要となるため、一般の歯科医院には普及しませんでした。こうしたことから、ミュータンス菌の簡易、迅速かつ高感度で検出する方法が望まれております。
本技術の特徴
本方法では、ミュータンス菌のrRNAを特定して検出するプライマー2)を設計した後、プライマーを起点に、まず、ミュータンス菌の標的RNAから逆転写酵素によりDNA8)を合成し、次に、合成したDNAからRNAポリメラーゼの働きでRNA8)を合成、これを何サイクルも繰り返すことにより、標的RNAを増幅させていきます(図1)。
本方法は、1ポットに逆転写酵素とRNAポリメラーゼを入れることにより実施しますが、温度を41℃に一定にすることで反応が進むため、温度を上げ下げする専用装置が不要であることに加え、温度調整の時間がかからないことから、検出に要する時間を短時間にすることが可能となります。
応用分野
現在は、まだ原理確認の段階で、実験室レベルでの検証ですが、今後、増幅したRNAの検出に核酸クロマト法6)を用いることにより、現在市販の妊娠検査法のような形で、より簡易にミュータンス菌を識別できるようになります。
DNAの検出法は、すでに広く実施されており、細胞の生死に関係なく検出できる点は優れております。ところが、実際の菌(微生物)の反応において重要なのは、観察(計測)時点で、どの菌が生きて活動しているかという点ですので、生きた菌のみが有するRNAを簡便、迅速かつ高感度で評価する手法が必要となります。本方法は、標的となる菌(微生物)を特定して検出しますので、菌(微生物)が関与する種々の反応(例えば、発酵)を、対象とする菌(微生物)が活動している状態から正確に把握することができ、菌(微生物)を用いるプラント(例えば、ビールなどの食品プラント)のきめ細かな運転・操業管理や改善につなげることができると考えております。
また、KRIでは、これまで菌(微生物)を高速分離する技術についても開発してまいりましたので、今回開発した技術と併せて、菌(微生物)を用いた反応でお悩みをお持ちのクライアントさまの課題解決のために貢献できると考えております。
用語解説
- 1) ミュータンス菌
- ヒトの口腔内に存在する虫歯(う蝕)の原因菌のひとつである。
- 2) プライマー
- 核酸増幅法において核酸増幅の起点となる20〜50程度の短い核酸。 DNAやRNAと結合し、この結合位置から核酸が増幅される。
- 3) 逆転写酵素
- RNAを鋳型としてDNAを合成する(この工程を逆転写と言います)酵素。
- 4) RNAポリメラーゼ
- DNAを鋳型としてRNAを合成する酵素。
- 5) 核酸増幅法
- 検出したい特定の遺伝子を試験管内で人工的に複製して増やし、高感度に検出する方法。PCR法、本RNA簡易検出法などがこれにあたる。
- 6) 核酸クロマト法素
- 核酸増幅法で増幅した核酸を濾紙上に展開して検出する技術。
- 7) PCR
- Polymerase Chain Reactionの略。ごく微量の DNA を出発材料として、高感度の検出を短時間で行うことができる技術。
- 8) DNA, RNA
- DNAはデオキシリボ核酸、RNAはリボ核酸の略称。DNAからDNAポリメラーゼの作用によりRNAが増幅される。増殖能が高い微生物はRNA/DNA比が高いことが知られている。