株式会社KRI(社長 中芝明雄)は、京都大学・教授の田畑 修氏の協力を得て、これまで群集で扱うことしか出来なかった微生物1)を、超高速に効率よく、1つ1つ個別に分離する技術の開発に成功しました。
エタノールやビタミンB2に代表されるような微生物から製造できる化合物は、一製品で数百億円規模の市場を生む薬や食品・化成品等の材料になります。そのため、'新規な有用微生物'のスクリーニングは、年間に全体で数千億円以上を投じて行なわれており、その分野は医薬品のみならずファインケミカル2)分野等にも及んでいます。
一方、微生物は、土壌・温泉・河川・廃水等地球上のいたるところに生息し、分かっているだけでも何千万種類、実際にはその100倍はいるとされています。従来法では、生息源からもってきた微生物を、いくつかの前処理を経て、複数種が存在する微生物群として同一の培地上に塗布・培養し、その作業を繰り返し行なうことで微生物を分離(取得)していました。そうして研究者1人が10年かかって微生物100万個を取得しても、有用と認められる新規なものは一つ見つけられればよいとされています。
このように、微生物を分離・培養し、その後の有用性を評価するまでに多くの時間と労力を要しているため、効率的に、短期間で微生物をスクリーニングできる方法が待ち望まれていました。
そこで当社は、MEMS技術3)の要素技術である「マイクロ流体制御技術4)」と「微粒子制御技術5)」を駆使することで、従来不可能であった「微生物を1つ1つ個別に分離し配列する」技術の開発に成功しました。
数マイクロメートル(千分の1ミリ)サイズという微生物の、マイクロスケール特有の表面力等の物性や力学特性をコントロールし、かつインクジェットプリンター等に使われている技術を応用することで実現しました。
本技術は、1つ1つ個別に分離・配列された微生物が、多種の微生物の悪影響を受けて死滅することなく培養できる、つまり、従来法では群集の中に埋もれて得ることが出来なかった微生物も培養できるため、
1. 有用性を評価する微生物の数が飛躍的に(約100倍以上)多く取得できる、
2. 得られる微生物の種類が多くなる、
3. 同じ微生物数を分離するまでの作業に伴う時間が約1/150になる、
ことが大きな特徴となります。
本技術を導入することにより、投資を回収するまでの期間が短縮できるだけでなく、新商品の市場投入数を現在の2〜3倍に拡大することが大いに期待されます。
今後は、本技術をベースに、製薬企業や発酵醸造企業等を対象に、各用途に応じたスクリーニングシステム・デバイスの設計・開発を受託研究として行なっていく予定です。
また将来的には、食品・環境中の微生物汚染モニタリングへの応用や、製造プロセスにおける環境にやさしい触媒としての展開も可能と考えています。
補足
- A. 分離(取得)された微生物は、評価の段階で廃棄されるものが大部分ですが、後に別の用途で利用できるかもしれないということでストックされるものもあります。ストックされている微生物についても、その特性を短期間に評価することが出来るので、用途を拡大して有効利用を図ることも可能です。
- B. 「グリーンバイオ戦略」を先導する米国は、2001年度には特に土壌からの有用微生物採取に関する技術開発に対しても予算を確保しています。
日本においても、バイオ製品やバイオエネルギーを生む材料の母集団を増強することは必須であり、本技術はそういった裾野の拡大を促進する一つになると考えています。
用語解説
- 1)微生物
- 微生物は、数マイクロメートル(千分の1ミリ)単位の大きさの生物です。カビや細菌、原虫等を包括します。
- 2)ファインケミカル
- 精密化学品。医薬品原料、農薬、染料、顔料など幅広い用途をもちます。
- 3)MEMS(マイクロ・エレクトロニクス・メカニカル・システム)技術
- 『微小領域に機械的・電気的システムを融合させた技術』と定義される技術分野。マイクロマシン(10mm立方以下の大きさの超小型機械)に代表されるように、半導体微細加工技術を応用した、微細な電気や機械の部品を集積化した極小システムの総称で、ナノオーダーのものも含めます。応用例としては、インクジェットプリンタのヘッド部や自動車のエアバッグ作動用加速度センサなどがあります。 単純に相似的に縮小したものを作っても、大きさが1mm以下の部品で構成される微小なマイクロマシンが作動する状態や環境は、通常の大きさの機械が作動するそれとは大きく異なっていることから正常に作動しないことが危惧され、マイクロ特性の解明が各分野で進められています。
- 4)マイクロ流体制御技術
- マイクロスケールに起因する流体に働く物理則をコントロールする技術。重力よりも摩擦力(空気抵抗・付着力など)、慣性力よりも粘性力、体積力よりも表面力(表面張力・界面張力)が極端に大きくなり、従来のマクロスケールとは全く違った液体の挙動となります。
- 5)微粒子制御技術
- マイクロスケールに起因する微粒子に働く物理則、微粒子自身の物性をコントロールする技術。任意に微粒子を分散させたり、集積化させたりすること等が出来ます。