株式会社KRI(社長:川崎真一)は、昆虫の羽の抗菌力を人工的に再現(=バイオミメティック1))した機能表面を簡易な手法で形成する技術を開発しました。この機能表面は、薬剤や電気、熱等のエネルギーを一切用いずに、長期的な抗菌、防カビ、抗ウイルス効果を発揮します。
基本原理
昆虫は人間にはない独自の優れた生体機能を持っている事は良く知られていますが、近年、昆虫の羽は強い抗菌性を持つ事が分かってきました参考1。この抗菌性は、羽表面のナノ(ミリの100万分の1)サイズ微細突起による菌体への物理的なダメージに基づく効果であると言われており、これは簡単に言うと、小さな菌にとってトンボの羽表面のナノ構造は鋭い剱山のような物であり、その表面に触れる事で傷を負って死滅する、といったシンプルなメカニズムです。
このメカニズムは構造表面の形状によって規定されるため、微細構造を維持さえすれば不活化2)効果を永続的に持続する事が可能です。
本技術の特徴
今回開発した技術は、強い抗菌機能を持つ昆虫の羽表面構造を人工的に再現(=バイオミメティック)するプロセスです。このプロセスには、構造表面からナノ構造を成長させて形成する『①ナノ構造成長法』と、放射状にナノサイズのスパイクを持つ粒子を形成し、構造表面に塗布する『②ナノスパイク粒子塗布法』の2つの方法があり、用途や基材、構造により適したプロセスを適用します。
これらのプロセスで形成するナノ構造は、下記の通り、量産性や自由度などに特徴があり、用途に合わせてサイズや形態(スパイク状、ナイフエッジ状図3参照)を変える事が可能です。
量産性)簡単、かつ安価な方法でナノ構造を大面積に形成できる
材料自由度)樹脂から金属まで広い基材材料に対してナノ構造を形成できる
構造自由度)平板だけでなく、曲面やメッシュのような複雑な構造表面にもナノ構造を形成できる
形状制御性)対象に対して効果的なナノ構造を形成するための形状制御性がある
また、一般的な殺菌手法では、エタノール拭きの場合は薬剤、加熱殺菌の場合は熱エネルギー、プラズマや紫外線方式の場合は電気エネルギー、光触媒の場合は光エネルギー等、薬剤や何らかのエネルギーが必要ですが、本技術は薬剤やエネルギーを必要としないため、長期的な効果持続や省エネ・労力低減の観点で優位性があります。
実験検証結果
KRIでは、本技術を用いて形成したナノ構造表面において、次のような菌、カビ、ウイルスの不活化効果がある事を実験により実証し、特に、菌とウイルスについては、僅か60分で不活化できています。
◆菌類:大腸菌、黄色ブドウ球菌
◆真菌:黒カビ、酵母
◆ウイルス(ファージ):Qβファージ、Φ6ファージ
応用例
エネルギー不要で抗菌、防カビ、抗ウイルス効果を長期間持続することのできる本技術の利用イメージを示します。
①抗菌、防カビ応用
ナノ構造成長法プロセスは、狭い隙間や複雑な構造を有するパーツ表面にもナノ構造を形成できることから、例えば、エアコンのエバポレータ3)や細管内壁のように湿度が豊富で菌やカビが成長しやすいパーツ表面への抗菌、防カビ機能等が好適な応用事例として挙げられます。
また、ナノスパイク塗布法は、繊維や樹脂パネル等、基材の材料、形態を問わず、ナノ構造を形成できることから、例えば、不織布や布地へのスパイク粒子塗布により、光の有無にかかわらず抗菌機能を発揮するカーテン、または、カビの生えやすいお風呂場の樹脂パネル表面の防カビ機能等が好適な応用事例として挙げられます。
②抗ウイルス応用
昨今のコロナ禍における接触感染への懸念から、不特定多数が触れる公共物や、スマホ表面での抗菌、抗ウイルス機能が望まれていますが、これらの表面にナノ構造を形成することで、ウイルスの生存を妨げる機能を発現し、安全・安心社会への貢献が期待できます。
今後の展開
2023年に世界で2700億円参考2と予想される非加熱殺菌市場に向け、具体的なアプリケーションを念頭にした本格的な実用化に向け、広く受託研究を募集していきます。
用語解説
- 1)バイオミメティック
- 生体の持つ独自の機能を人工的に再現すること。
身近な例では、蓮の葉の構造を模擬した超撥水機能を、ヨーグルトの蓋への付着防止に応用した例が挙げられる。 - 2)不活化
- 菌の状態を表す言葉としては、滅菌、殺菌、抗菌等があるが不活化とは、菌やカビ、ウイルスが増殖する機能を失った状態を表す。
- 3)エバポレータ
- 金属の薄板を密に配置する事で、熱の授受を効率的に行う構造体。主にアルミ材で構成される。
- 参考1
- Elena P. Ivanova et al., “Bactericidal activity of black silicon”, Nature Communications 4, Article number: 2838 (2013)
- 参考2
- Non-Thermal Pasteurization Market by Techniques (HPP, PEF, MVH, Irradiation, Ultrasonic), Application (Food, Beverages, Pharmaceuticals and Cosmetics), Form (Solid, Liquid), and Region (North America, Europe, Asia Pacific, Row) - Global Forecast to 2023