日刊工業新聞2022年6月9日掲載
「絶縁・高熱伝導性持つ樹脂材料 KRI、製造法開発」(pdf)
※日刊工業新聞社に転載許可を申請し、承認を受けて掲載しています。
株式会社KRI(本社:京都市下京区、社長:川崎 真一)は、KRIが開発した酸化グラフェン表面改質技術を応用して、六方晶窒化ホウ素粒子の並び方を永久磁石程度の磁場で制御可能とする技術、さらに永久磁石で配向を制御された六方晶窒化ホウ素粒子を含む樹脂複合材の作成方法を開発し、熱拡散率を従来の2倍以上に向上させることに成功しました。
六方晶窒化ホウ素を含む樹脂複合材は高熱伝導性だけでなく電気絶縁性も有するため、電子・通信機器への適用の他に電気自動車のパワーモジュールへの適用も見えてきました。
さらに、酸化グラフェン表面改質技術は様々な粒子に適用できるため、六方晶窒化ホウ素以外の粒子にも磁場応答性を付与することが可能となると考えられ、一層広い分野への応用が期待されます。
【背景】
電子・通信機器の小型化・高精度化や高機能化に伴い、集積回路の発する熱を効率的に放熱する高熱伝導性材料の需要が高まっています。
また、電気自動車等においては、パワーモジュールに対応できる電気絶縁性をもった材料が必要とされています。このような高熱伝導材料はパワーモジュールの発熱を冷却器に伝える必要があるため、厚み方向の熱伝導率向上が求められています。 これら、電気絶縁性、高熱伝導性を兼ね備えた樹脂複合材の材料として、化学的安定性の点から六方晶窒化ホウ素が期待されています。
しかし、六方晶窒化ホウ素は、鱗片状の薄い板のような粒子で粒子の平面方向のみに高い熱伝導性(〜150W/(m・K))を示すという特徴があります。このため、六方晶窒化ホウ素を樹脂と混ぜて塗布すると、平面方向に六方晶窒化ホウ素が並んでしまい、厚み方向の熱伝導率が向上しにくい問題がありました(図1参照)。
一方、六方晶窒化ホウ素を垂直方向に立てることで厚み方向の熱伝導率が向上することは熱伝導率の予測式等で知られているものの(図2参照)、六方晶窒化ホウ素を垂直方向に立てる有効な方法はあまりありませんでした。
以上のような六方晶窒化ホウ素の配向性の問題を解決するために、六方晶窒化ホウ素粒子に磁場をかけ、磁場に平行に並ぶ性質を利用することも考えられていますが、六方晶窒化ホウ素は磁性が低いため医療用核磁気共鳴装置(MRI)で使用する磁場の三倍以上の磁場が必要であり、実用化には多くの課題があります(表1参照)。
KRIは、独自開発した酸化グラフェン表面改質技術によって六方晶窒化ホウ素粒子に磁場応答性を付与する技術を開発し、これにより永久磁石程度の磁場で粒子を配向させることに成功しました。
さらに、高度に配向した六方晶窒化ホウ素粒子を含む樹脂複合材作製方法を開発したことで、電気自動車等のインバータで使用される高熱伝導材料への応用が可能となると考えられます。
【本技術の特徴】
① KRIは、独自開発した酸化グラフェン表面改質技術によって六方晶窒化ホウ素粒子表面に形成された酸化グラフェン層に酸化鉄ナノ粒子が強固に付着する性質に着目し、六方晶窒化ホウ素粒子に磁場応答性を付与する技術を開発しました。六方晶窒化ホウ素粒子に1wt%未満の酸化鉄ナノ粒子を付着させることにより、永久磁石程度の磁場で微粒子を配向させることができます。
② 実際に評価してみると、0.4テスラ(エレキバン等磁気健康器具の2〜4倍に相当)の磁場で、ほとんどの粒子が磁束に平行に配向しました。通常、無処理の六方晶窒化ホウ素を配向させるためには10テスラ程度の磁場が必要です(医療用核磁気共鳴装置(MRI)の3倍以上の磁場に相当)。
③ またKRIは、永久磁石程度の磁場で高度に配向した六方晶窒化ホウ素粒子を含む樹脂複合材作製方法を開発しました。この方法で作製した樹脂複合材シートの厚み方向の熱拡散率を測定したところ、熱拡散率は無配向の場合の2倍以上となりました。
この理由としては、
(1)多くの六方晶窒化ホウ素粒子が、磁場によって熱伝導率が高い粒子長手方向をシート面に垂直な方向に向けて配向したため、シート厚み方向への熱が流れやすくなった
(2)新しく開発した樹脂複合材作製方法により、作製工程中に六方晶窒化ホウ素粒子の配向が崩れなかった、ことが要因と考えられます。
④ 新しく開発した樹脂複合材作製方法では、理論的に六方晶窒化ホウ素粒子を40体積%程度まで充填することが可能なため、20 W/(K・m)以上の熱伝導率を有する絶縁性放熱材も夢ではないと考えられます。これは、電気自動車のインバータで使用される高熱伝導材料にも使用可能となります。
⑤ 本技術は、六方晶窒化ホウ素粒子を含む熱伝導性樹脂複合材の熱伝導率のさらなる向上、あるいは熱伝導性を維持しながら六方晶窒化ホウ素粒子使用量を減らすといった材料コスト削減に寄与するものと期待されます。
【今後の展開】
本発表では、六方晶窒化ホウ素を用いた開発ですが、酸化鉄粒子を付着させた酸化グラフェンを他の物質にも広げることも可能となるため、熱伝導性の樹脂複合材を利用する分野の他、磁場配向による新たな製造プロセス開発分野での受託研究を募集し様々な特性を持った樹脂複合材の開発を行っていきます。
用語解説
- 1)樹脂複合材
- ゴムや樹脂に、炭素材、金属、金属酸化物、金属水酸化物等の無機粒子を混合した材料であり、樹脂の機械的強度、耐熱性、熱伝導性、ガスバリア性が向上することが知られている。
無機粒子表面と樹脂表面は互いに性質が大きく異なるので、両者が接すると互いに排除しようとする力が働き、無機粒子への樹脂の接着は起こりにくい。
これは、樹脂複合材においては、樹脂中の無機粒子の凝集、空隙やクラックなどを発生させ、樹脂複合材の熱伝導性や機械的物性を低下させる要因となる。対策としては、無機粒子表面をシランカップリング剤などで有機化して無機粒子表面の性質を樹脂表面に近づけることが行われる。 - 2)酸化グラフェン
- 酸素含有官能基(エポキシ基、フェノール基、カルボキシル基等)を有するグラフェンで、炭素原子1個〜数個分の厚さを持つシート状物質。グラファイトを改良ハマーズ法として知られる公知の方法を用いて酸化・精製・剥離処理して水分散液として得られる。
- 3)六方晶系窒化ホウ素
- 窒化ホウ素には、立方晶系の高圧相と六方晶系の常圧相があり、前者は高温高圧下で形成され、ダイヤモンドに類似した結晶構造と似た物性を持つ。
六方晶系窒化ホウ素は、窒素原子とホウ素原子からなる六角網面が二次元に広がる結晶シートがファンデルワールス力で重なった構造を持つ鱗片状粒子。類似の構造はグラファイトにみられ、電気伝導性以外は両者に似た物性がみられる。